
皿について。
の前に、来た。来た来た来た。今朝、カーテンの隙間から外を覗くと、雪が吹き荒れてた。あちこち、うっすらと言うか、モコッとけっこう積もってる。初雪にしては、夜の内に降って気温が低かった事もあってか、積もったな。
遅い初雪みたいだけど、とうとう雪の季節が来たんだなと。先週末、生まれて初めて冬囲いってのをやった。植木に支柱を立てて、ネットで囲ったり、ロープで囲ったりして雪の重みで折れなくするんだけど、いや、もちろん、初めてやった作業で、どっから見てもなんちゃって感が満載なんだけど、とりあえずやってみた。「元気に冬を越そうぜ」と話しかけながら。
今朝、吹き荒れる雪にさらされてる姿を見てると、「うるせー!黙ってしっかり巻きやがれ!悠長な事言ってんじゃねー、お前の数倍、冬の厳しさ知ってんだよ、オラ!」と聞こえない声で、作業している私に向かって罵倒していたんだろうなと思えた。しょーが無いから、暖かい部屋から窓越しに、ホットコーヒー片手に、奴等に手を振って、逆なでしといた。さて、話しを戻そう。
皿について。
ニュージーランド人の夫を持つ友人は、彼がお汁のお椀でシリアルを食べるなど、日本の器の用途を全く無視した使い方をする所に、違和感があって馴染めないと言う。そう言えば、NYの時も、そういった事を言う国際結婚カップルがちらちら居た。
先日、大阪に行った時、「アンタの北海道で使ってるお茶碗は、小鉢でお茶碗じゃないから」と母に言われた。母が北海道に来た時目撃してから、どうやら、ずっと伝えたい事だったらしい。茶碗じゃないなとは思っていたけど、引っ越しで何も無い所、色々お皿を譲って頂いて、その中から、丁度ご飯を盛るのに適当な大きさで、手に収まる感じの瀬戸物が有った訳で、ならば、あえて茶碗を買わんでもいいじゃないかと思った私は、そんなに素っ頓狂な事を言っているのだろうか?
これは、日本人にとって、とても大切な問題らしい。と、やっと気付き始めた私。日本はとにかく皿の種類が多い。日本でのテーブルマナーとは、皿の種類を覚える事から始まるのかもしれない。と言う事は、やっぱり、口を閉じて噛まなければいけないとか、箸を舐め回してはいけないとか、その辺のマナーと同じ様に、肌にすり込ませる様に知っておかなければいけないのかもしれない。お椀でシリアルは、見るのもやなんだ。
何でも使い回しは、確かに貧乏臭く見えるかもしれない。昔、フランス映画を観ていて、スープの器みたいな小さめのボールでコーヒーを啜ってる主人公が出て来た。確かに、金持ちの出て来る映画じゃなかった。でも、その姿がかっこ良くって暫く真似した事があった。
すり込みの根っこがダメだったって事か。35になった今だ私は、始めたばかりのおままごとの様な家事をしている。醤油の器に小さなお菓子を乗っけたり、焼き魚の器に、お漬け物だったり。
色々やってる内に、機能に合わせた用途になって、更に皿も少しづつ増えたりして、あるべき所に収まる様になるのかもしれない。でも、もし本来の型ちに収まらなければ、それは、それで、それがよき型ちだと言う事だから、いいじゃないかと、そう思うJUGEMテーマ:
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